第二カステラミルクの練習帳

黄色いカルカッシを頼りに…

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ラリアーネ祭(冒頭)(練習)



カステラミルク:パノくん、私、この曲いややねんけど?

パノくん:弾くだけ弾いといたら?せっかくおじいちゃんがブログで弾いて紹介してたんやし。

カステラミルク:あれ、みんな、スルーしてたし、私も踏み倒したい。

パノくん:あかん!そんなんサムライちゃうから、あかん!

カステラミルク:えー、しゃーないなあ。弾かれへんポジション移動のところ、大目に見てくれる?

パノくん:そういうところは突然ゆっくりになったらええねん!最初の教室ではそうやってきたんやろ?

カステラミルク:じゃあ、弾く。1ページだけやで。

パノくん:僕、見世物小屋があるお祭りがいい。

カステラミルク:よっしゃ!、まかしとき!

それからと今の私達。

二人目の先生には、一年と一ヶ月と本当に短い間でしたが、たいへんお世話になりました。

私達がやらなければいけなかったことは、移籍したら軸足をその教室へ移すということ。

なのに、移ってすぐの発表会では、最初の教室の仲間達が、
本番前なのに、それとは逆行することを、金太郎飴のように、言う始末。

せっかく交通費を払って、時間を作って来てくれているのだから、
知らせたのは、私達だからと堪えましたが、二曲弾いた内の一曲は大失敗…。

そのすぐ後に、夫がマラッツの「スペイン風セレナーデ」でほぼパーフェクトを出してくれたものの、
私は帰宅後、ショックで寝込んでしまいました。

精神安定剤も口にしたかな?、もう忘れてしまいましたけれども。

最初の先生とは違う二番目の先生の教えに戸惑いながらも、
私は若い先生にかわいそうに、いろいろ言って、
最初の先生のお考え通り、どっぷりその教室につかって、
楽しく過ごさせていただいたと思います。

ギターは人柄。先生も生徒も。

しかし、私は、最初の先生に、
すでに進むべき道の方向付けをされていた生徒だったので、
二人目の先生と二人三脚を組むのは、難しいものがありました。

二番目の教室は、家庭の事情で、止めてしまって、
それでも先生には、ずっと、止める際も、
本当によくしていただいて、感謝の言葉もありません。

…今ですか?

私達は、厳しい状況に負けず、少しずつ練習を積み重ねています。
明後日はまた練習会です。

平日の昼間、音の問題がある建物なので、取り立ててインフォメーションはしませんが、
お問合せいただければ、日時、会場、企画など、柔軟に対応いたします。
いつでもどうぞ。

京都古典ギター研究会 est8981@yahoo.co.jp

気付き

最初の先生が3年前の9月にお亡くなりになって、
その年の12月までは夫と私は、教室終了までいた生徒さんと一緒にいましたが、
最終発表会を企画・運営・出演した後は、その方々ともお別れをしました。

気づきの違い。

「僕は合奏はあまりやらへんのよ。かわいそうな人が必ず出るから」

生徒間の重奏も。

それは夫と私は一回だけ内輪の会でやりましたが、
その後すぐに、私が他の生徒さんから二重奏をすることを持ちかけられた際は、
先生に止められました。

生徒が連絡をせずに休んだり、それも長期に休んだり…。

私達夫婦はふたつめの教室は、先生にお話してきちっと止めてきたのですが、
その後、その教室の発表会も、先生の記念すべき初リサイタルも、
先生の留学時代の先生の来日リサイタルも、行きませんでした。

ちゃんと通っておられる生徒さんのことを考えてたら、到底行けませんでした。

そんな私達ですから、最初の教室の生徒さんの行動には、
理解できなかったことが多々ありました。

おそらくそれは最初の教室の先生が、生徒自身の気づきを大事にして、
あまりいろいろおっしゃらなかったからではないかと、夫と私は思っています。

夫は、大学のギタークラブの副部長をやっていたので、
生徒や元生徒の行動で不信に思ったことは、その都度、先生に聞いていました。

最後に先生にお会いした際、
私は、先生に、めずらしく駄々をこねて、何回も申し上げました。
「これからも弾き納め会をやります」
「私達、離れたくないんです」
しかし、それに対して、先生は無言で、決して首を縦に振るようなことはありませんでした。

これは非常に重要なことなので、よく考えましたが、
私達は、先生の許可なく、そのようなことをやってはならないという結論に達しました。

しかし、尊敬する先輩に話しても、それは残った者が勝手にやることだから、
先生のお気持ちは関係ないと言われました。

私達は仲間との友情よりも、先生への忠誠の方が大事でした。

だから、私達は「みんな」から、去ったのです。

南里沙さんのクロマチックハーモニカの演奏

(モダン)ギターが(近・現代曲で)音数の限界に挑戦し続けている間に、
クロマチックハーモニカの演奏家にものすごい人が出てきました。

クロマチックハーモニカ南里沙『諸刃の剣』PV完全版|Chromatic Harmonica Risa Minami " Sword Of Double Edge "


「道」 ジェルソミーナ--Harmonica


「荒城の月」尺八 三好芫山・クロマチックハーモニカ 南里沙

私がパーラーさんで弾いた曲!(関係ないけど)
http://dai2kasuteramilk.blog.fc2.com/blog-entry-633.html
http://dai2kasuteramilk.blog.fc2.com/blog-entry-678.html

クロマチックハーモニカ 南里沙 「つばめ」|Chromatic Harmonia Risa Minami "Swallow"


Fly me to the moon --Oboe

オーボエのしっかりとした基礎!

ハーモニカは編曲と合わせる楽器次第で、ギターに期待されてきた役割を全部持って行きかねない。
彼女の演奏にはそう思わせる特別な何かがあります。

箱入りおばちゃんの思い

「重奏をやりたかったら、僕とやりなさい」
( http://dai2kasuteramilk.blog.fc2.com/blog-entry-286.html )

「もう難しい曲を弾くのは止めなさい。きれいな音で弾く方へ行きなさい」
( http://dai2kasuteramilk.blog.fc2.com/blog-entry-752.html )

私は、最初の先生には、一から教えていただいた箱入りおばちゃんだったので、
好きなようにさせていただけなかった代わりに、
好きなように弾かせていただきました。

具体的には近・現代からソロギター(ポップスとか)に流れていくことを阻止された代わりに、
古典の方へ連れて行かれたのですが、そこではこういうふうに弾きなさいというのが全然ありませんでした。
楽譜の読み間違いなどは別にして。

先生は両手をお膝の上にお行儀よく置かれて、じっとしておられたので、
私は好きなように弾いていました。

ソルの別れ。

二年連続で弾いたら、

終演後すぐに「あなたは二回弾いたでしょ。僕に弾かせてください」と言う人がいて、

私は「いいですよ。次は別の曲を弾きますから」と言うしかなくて、

その方は打ち上げの席で、他の生徒さんにも話されて、「いいじゃないですか!頑張って!」みたいに言われて、

近くの席におられたにもかかわらず、やっと願い出られた先生は黙りこまれ、
何度も何度もお首をひねられて、それから頷かれたんですね。

別にね、私に献呈された曲じゃないから、弾いていただいて構いませんよ。

でも、その方の話の持って行き方を、私は理解できなかったし、
何より、その方が後年、ご自分の演奏の参考に、
私の演奏の録音を何度も聴いたと、
おっしゃったことが引っ掛かりました。

…申し訳ないけど、それは、やらない方がいいと思うのです。

私はその方の人生を生きているわけではないのです。

何で下手なのにそんなギターを弾いているの?

カステラミルクは単なる下手の横好きのギター愛好家です。

弾くのは下手なのに、聴くのはセンスいいと褒めていただける時があります。

縁あってロマンティックギターを弾いています。

その前はもちろんモダンギターを弾いていました。

そういう呼び方も知らず、2年前の夏、
ショートスケールのギターの購入を検討していて、
知り合いがほとんど材料費だけで作ってくれると、
ある方にちょっとお話したら、
私には理解不可能なことをぶつぶつおっしゃって、

これ、もしかして、親身に相談に乗ってくれてる?

ような気がした(勘違いかもしれないけど)私は、
家庭の事情(=夫の実家の事情。ここまでひどいとは思っていなかった。私の実家はどうしたらいいのよ。)であと少しでギター教室も辞めないといけないし、
私にとっては高いけど、その人にとっては安いギターを作っていただこうかと思ってお願いしました。

それはダメだったんですが、お借りするのはよいとのことで、
のべ三台、うちで預かって、現在は二台、お借りしています。

「あと少し」はすぐに突然訪れました。

現在はほんとうに少ししか弾けません。

難しい曲は捨てました。(楽譜はあるけど)

そのずっと前から、最初の先生に、そうするようにとも言われていました。

まあ、そんなところです。

私は転向とかそんな大そうなことを仕出かすタイプではなくて、

最初の先生と若かりし頃、ある時点まで、一緒にいた方なら、
その時点までのことなら、かなり共通するものがあるだろうと。

そんなわけで、その方のお弟子様が作られた590mmのギターを、
同じ年の秋にお借りして、それからほとんど、
夫と私が所有している650mmのギターに帰ることなく、弾いています。

愛すべきSamの演奏

http://www.samanthamuir.com/

この方、ちょっといいと思いませんか?

Sor Etude in E minor
Op.6 No.11
Guitar:Samantha Muir


前々エントリーのスラーのこと等で、二番目の先生のことを批判しているようには取らないでください。
その先生が私に選曲してくださったのが、この曲です。
それから私はモダンギターも否定していません。
一番大事なのは奏で方です。

椿がちょっとだけ録音を公開しました。(御関心をお持ちの方はお早めにお聴きください。)



もうほんとに気まぐれなんだから。


2017年5月17日追記:
編曲者のmako-G様から椿に、うれしいRT、メッセージをいただきました。
ありがとうございます!
https://twitter.com/mako_Gt/status/864389421059121152

スラーについての悩み、転じて小さなギターを弾いていることについて

スラー。スーラ(点描画)じゃなくてスラー。

私はこの基本技術すら苦手です。

というより、正しいスラーがわかりません。

最初の先生は、「はずすだけ」とおっしゃいました。「むしらない」とも。
二番目の先生は、「スラーが甘い」とおっしゃって、スラー用エクササイズを教えてくださいました。

それから、ある方は、「速すぎるからゆっくり」と。
それは曲がゆっくりだったからなんですけれども。

二番目の先生の頃にやっていたスラーは、曲の時代がどうとかいうより、左手が疲れるから、やめました。

だんなさんも今はやっていないと思います。
あれはスペイン風セレナーデ(マラッツ・タレガ編)には似合いのスラーでした。
もしまたあの曲を彼が人前で弾くとしたら、もう一回エクササイズからそのスラーをやると思います。
時と場合によって必要な技術だと思います。

…もう年だから、楽なのがいいです。
気が張ること、気が張る場所、みんな嫌です。

さて、長々ある方からお借りしている弦長が短いギターは楽に弾けます。
欠点は、弾く人の首が前に倒れることです。
弾く時間を短くするか、補助具を検討する必要はあると思います。
足台を一段高くしていますが、私は膝が悪いので、いつかはやめないといけないと思っています。
今は弾く時間が短いからそれでなんとかなっています。
弦と弦の間が狭いのは慣れます。

ギターとの相性ですが、
お借りしてすぐの頃(590さんが2015年秋、パノくんが2016年春)は、
どちらも小学校三年生ぐらいに思えたのですが、今は六年生ぐらいに感じます。
パノくんが一歳近く年下の印象です。

ここまで来てしまうと、650mmには帰れないです。
併用する人は器用なんでしょうね。
夫にいつかは11弦を弾いてほしいと私は思っていますが、
彼は「戻れなくなるから手を出さない」と言っていました。
それとは意味が違いますが、私もやっぱり元のギターに戻れなくなってしまっています。

590mmの590さんは伸ばす音がよくて、「私は悲しいのよー!」と海に向かって叫ぶ感じ。
何mmか忘れてしまったちょっとだけ大きいパノルモタイプのパノくんは、和音がよくて、
「…僕は、悲しい」とつぶやく感じです。

もしかしたら、ずっと、うちにいるかもしれません。

ギター連れでない里帰りをしてきました。

昨日今日と西宮の実家に里帰りしていました。
590さんは連れて行かず、あちらで、ゆっくりするつもりが、
どさっと体調が崩れてしまいました。
(ああ、590さんに「ザマーミロ!」と言われてしまう。
この頃、言葉遣いが悪くて…。)

それでも膝サポーターをつけて、なつかしい場所をうろうろしたり、
昔なかった西宮ガーデンズに行って、ぼーっとしたりしていました。

今度こそみどり(三絃の和楽器)を連れて帰ろうと思ったのですが、
もうしんどくて、実家で晩御飯も食べさせてもらって、ふらふらしながら帰ってきました。

…頑張らなきゃ。

今年は昨年ほどたいへんなことはありません。
有り難いことに本業が久しぶりに忙しいのです。

よくない状況の仕事について、夫と私は誰にも頼るつもりはないのに、
他人から避けられたり、逆につきまとわれたり、嫌な感じを受けています。

元から誤解を受けやすい夫婦…、
いや、全然そうではなくて、夫は幼馴染もずっと大事にしてきた人、
私の方が、子供の頃から病弱で本と絵が友達だった孤高の人です。

彼が地元に長きに渡る友情で結ばれた人脈をいくつも持っており、
その人達が私達夫婦と親しくしてくれて、時には親身になって世話をしてくれます。

それが京都のよいところです。

もう、神戸にはカレーを食べにしか行きません。
いろいろ思い出してつらくなるばかりだから。


2017年5月13日追記:
1日目のお昼前後は夫と神戸に行っていました。
カレーはいつもの三宮のサヴォイ。
コーヒーは元町のエビアンが休みだったため、三宮に戻ってさんちかの荻原珈琲にいきました。
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ご案内

ようこそお越しくださいました。

カステラミルクにとってギターは「芸」です。 34歳から14年、うまくならなくてもひたむきに、「先生」に全幅の信頼をおき、大学の部活経験者の夫の理解の下に、喘息等の治療の傍らギターの練習に励んできました。

2014年秋、やむを得ず、「先生」から離れてやっていかなければいけなくなり…。


その後。2015年1月、特殊な事情を理解して最大限の配慮をしてくださった別の先生に、 夫婦共々師事しましたが、100%こちらの家庭の事情で、わずか一年余りでやめてしまいました。

二人目の先生には、指のもつれをかなり取っていただき、 トレモロの習得も夢ではないところまで、来ることができました。

当分師事なし。 2016年3月からは、作ったばかりのサークルを支えに、夫とふたりでギターへの情熱を絶やさずに頑張っていきます。


さらにその後。2016年3月。京都古典ギター研究会がスタートしました。2016年に開催した研究会は3回。 参加者はほとんどないものの、夫と私の信念は揺るぎません。

それは、どんなギターを目指そうとも、古典は絶対に弾かなければならないということ。

私は、練習不足から、必然的にやさしい曲にどんどんシフトし、 借りもののロマンティックギター二台で、 最初の先生にごく最初の頃に習った曲を繰り返し弾きました。 その結果、その年の暮れには、やはり最初の先生が教えてくださった(古典)ギターの道を行こうと決意しました。


ふたつのブログの歩き方はこちらをご覧ください。

☆ギターについての私の(過去の)背景はこちらを。

ギターのこと

「ギターのこと」の追記①

「ギターのこと」の追記②

☆「今は一日30分弾けたらいい方です」「いつもゆるゆると遊んでいます」(2017.02/26のブログ記事より)

夫と私は親の介護と経済的事情でギターを弾く時間が激減しました。

ブログを振り返ると2010年頃から親の問題が出始めています。


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プロフィール

カステラミルク

Author:カステラミルク
カステラと牛乳。
夏はクールで冬はホットで。

明治生まれの長崎出身の祖母はカステラが大好物でした。
ネット上の名前のカステラミルクはその想い出もこめてつけました。

ブログタイトルの「第二カステラミルクの練習帳」は、
悲しくつらい気持ちから通常の更新を終了した
ブログ「カステラミルクの練習帳」に、
再び立ち上がるという意味をこめてつけました。

2015年6月1日~のスタートです。

それ以前は、別に作っていたホームページやブログの記事など、雑多な内容を載せています。

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